アンドリー・シェフチェンコ

アンドリー・シェフチェンコ(Andriy SHEVCHENKO)は、ウクライナ出身のサッカー選手。

国籍 ウクライナ

生年月日 1976年9月29日

出身地 キエフ州・ヤホティーン地区・ドヴィルキウシュチナ村

身長 183cm

体重 84kg

ポジションFW

利き足 右足


1994-1999 ディナモ・キエフ

1999-2006 ACミラン

2006-2009 チェルシーFC

2008-2009 ACミラン(レンタル移籍)

2009- ディナモ・キエフ


最大の武器といえるのは鋭い突破である。加えて強いフィジカルや、 正確な判断とテクニックでゴールを奪う。強引な突破や荒々しいプレイよりは、 大きな身体に似合わず足元の技術や、テクニックを活かした華麗なゴールが目立つ。

キャリアのスタートは、19歳の時にウクライナのディナモ・キエフでデビュー。 小さな頃からスクール、ユースともディナモ・キエフの為ディナモ・キエフ生え抜きの選手である。

ここでシェフチェンコはチームを5年連続リーグタイトルに導く原動力なり、 更に116試合で60得点しという脅威的な記録を残し、ウクライナサッカー界から大きな注目を集める。

1997-98シーズンのUEFAチャンピオンズリーグで格上のFCバルセロナを破る立役者となったことから ウクライナだけでなく世界中のサッカー関係者が彼に注目することになる。

1999-00シーズンからACミランに移籍、すぐに異国のサッカーにもなじみ、 32試合で24得点を挙げてセリエA得点王となる。次のシーズンは怪我のため 思うような活躍はできなかったものの、2003-04シーズンには24得点を挙げて再び得点王に輝く。

この頃のシェフチェンコはまさに毎試合のように得点を重ね、 カテナチオを誇るイタリアサッカーのディフェンスからいとも簡単にゴールを量産しているように見えた。

同年ACミランのスクデット獲得の中心選手となり、2004年バロンドールを受賞、 まさにこの時が彼のピークだったといえよう。

2005-06シーズン終了後チェルシーFCへ移籍は彼にとって失敗だったのかもしれない。 プレミアのサッカーがあわなかったのか、当時のチェルシーが合わなかったのかは謎だが、 その動きはACミラン時代のような怖さはなく、時折すばらしいゴールを個の力であげるものの、 その活躍はミラン時代と比べて明らかに劣っていた。

徐々に出場機会を失い、 エースとは呼べない状況になっていたシェフチェンコだが、2008年古巣ミランへのレンタル移籍が決定。 しかし、ここでも過去の栄光を取り戻すことは出来ず、レンタル後は再びチェルシーに戻ることになる。

2009年には母国ウクライナのディナモ・キエフへ実に10年ぶりに復帰、自国で優秀の美を飾るのか、 はたまた今後更にヨーロッパの強豪クラブに挑戦するのか注目されるところである。

個人的には、母国への恩返しやウクライナサッカー界の今後の発展を考え、 自国クラブの発展に尽くすと思われます。




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