ローター・マテウス(Lothar MATTHÄUS)は、ドイツ・エアラゲン出身のサッカー選手。
国籍 ドイツ
生年月日 1961年3月21日
出身地 エアランゲン
身長 173cm
体重 70kg
ポジション MF/DF
利き足 右足
1979-1984 ボルシアMG
1984-1988 バイエルン・ミュンヘン
1988-1992 インテル・ミラノ
1992-2000 バイエルン・ミュンヘン
2000-2001 NY/NJメトロスターズ
ドイツ代表として歴代最多の150試合出場を果たし、5度のワールドカップ出場、 並びにワールドカップ最多出場記録(25試合)を達成する等、20年間に渡り第 一線で現役で活躍した選手である。
強靭なフィジカルを必要とするドイツのサッカーで、代表出場数150試合はもは や脅威以外のなにものでもない。1980年代から1990年代のドイツを代表する 選手の一人である。
1990 FIFAワールドカップにおいて主将としてドイツを3度目の優勝に導き同年に、 バロンドールを受賞。1995年にアキレス腱断裂により一度長期離脱した以外は 大きな怪我もなく、強靭な肉体と無尽蔵の心肺機能をもっていることから『鉄人』 とも呼ばれ、選手として大成するには身体の強さが必要であることを身をもって 証明してくれている。
このような成績だけを見るなら、華やかな選手なのだろうと想像してしまいますが、 彼を知っている人が彼を形容する時に使う言葉は決まって、『努力』そう彼はなん といっても努力の人なんです。
元々守備的MFとして活躍することが多かったので、強いフィジカルは勿論、精度の 高いパスや強烈なシュート、周りをコントロールするリーダーシップなど、どれをとって もすぐに身につくものではなく、長年のトレーニングと、何度も何度も繰り返す練習で 身につけたものだといえるでしょう。
こういったこつこつと実力を伸ばしていき、栄光を勝ち取った秀才型の選手というのは 精神的な強さも際立ち、長いこと現役でプレー出来ている実績は現役でプレーしている 現在の選手すべてのお手本となるでしょう。
一番印象的だったのが、1986年のワールドカップ・メキシコ大会でその大会の一番の 注目選手、アルゼンチンのエースのディエゴ・マラドーナを徹底マークし、この試合に おいてマラドーナを完全に押さえていたことです。
試合そのものには負けて準優勝となってしまいましたが、この大会でもっとも輝くであっ ただろうマラドーナに仕事をさせなかったことは賞賛に値するプレーであったといえるでしょう。
しかしその強烈な意思を持った性格ゆえに、その後の1996年の代表では、当時のドイツ 代表の中心選手であったユルゲン・クリンスマンと意見の相違から激しく対立し、 代表から外されるという残念な結果となります。
その後もクリンスマンとは犬猿の仲とされ、クリンスマンは「彼は素行は悪くて、チームの 連帯感にヒビを入れるやつだった」と語るなど、今の所、この関係が修復される様子はなさそうです。
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