ロナウジーニョ(RONALDINHO)は、 ブラジル・ポルト・アレグレ出身のサッカー選手。 本名ロナウド・デ・アシス・モレイラ。主にロナウジーニョ・ガウーショと呼ばれ、愛称はガウーショ。
国籍 ブラジル
生年月日 1980年3月21日
出身地 ポルト・アレグレ
身長 182cm
体重 80kg
ポジションFW/MF
利き足 右足
1998-2001 グレミオ
2001-2003 パリ・サンジェルマン
2003-2008 FCバルセロナ
2008- ACミラン
日本ではほとんどの人がロナウジーニョとして認知し、現在はロナウジーニョの 代理人である実兄のロベルトは、1999年にアシスという登録名でコンサドーレ 札幌に在籍していたころからも日本に対し好意的な態度をみせてくれる。
トリッキーなスルーパスとダイレクトプレーの精度は世界基準であり、 また独特のリズムで発信されるドリブルから繰り出される彼の代名詞であるエラシコは わかっていてもとめられない。
浮き沈みの多いことでも有名で、好.不調の差が これほどある一流選手はいないのではないのだろうかと思われる。
キャリアは兄がプロ契約をしていたことから、小さなころから、高いレベルのサッカーに親しみ、 1998年ブラジルのグレミオでプロデビュー。その後パリ・サンジェルマンを経て、 2003-04シーズンにヨーロッパの強豪FCバルセロナへ移籍。
この時期のロナウジーニョはまさにスタート呼ぶにふさわしい活躍をし、 クラブ、代表共に、チームや試合の中心選手となっていた。
2002年の日韓W杯では、ロナウド・リバウドと共に世界最大音攻撃ユニット 「3R」として母国優勝に貢献。世界中の選手が彼の代表や、クラブのバルサでは まさに調子に乗らせると誰も止められないといった表現がぴったり当てはまるほど、 スペクタクルナプレーをみせ、常に観衆を興奮させていた。
2005年にはバロンドールにも選ばれ、 2006年のドイツW杯は「ロナウジーニョのための大会」とまで言われ 世間の注目を一心に集めていたが、不振の極みともいえる精細を欠いたプレーを見せ 結局1ゴールも挙げないまま準々決勝で敗退してしまう。
天才とはいえここ一番で活躍できるメンタルを持った選手が多いなか かれはそういうタイプではなく本当に、自身のコンディションがすべてなのだな と感じさせられる大会であった。
その後徐々に活躍に陰りがみえ、なおかつ波の多さに加え、練習に対する態度が急変し、 プロとしての自覚に欠けるなどの評価から、所属リーグバルサでの評価もがた落ちとなる。
そんな中、新たな変化を求め2008年イタリアのACミランへ3年契約での完全移籍を果たす。 ここでも最初こそ、本来の実力を取り戻したかにみえたが、徐々にプレーの浮き沈みや、 メンタルの脆さが目立ち、出場機会が減り控えに回ることが多くなる。
現在はカカの移籍もあり攻撃的MF、シャドーストライカーのポジションを確保しつつあるため、 本来の輝きを取りもどすことが大いに期待されている。
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